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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)4667号 判決 1985年10月25日

原告 尾崎明子 外2名

被告 第一火災海上保険相互会社

主文

一  被告は、原告尾崎明子に対し金425万4418円を、原告尾崎智香貴に対し金141万8139円を、原告尾崎光子に対し金141万8139円をそれぞれ支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一、二項同旨の判決及び仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外尾崎清光(以下「訴外清光」という。)は、被告との間で左記内容の保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

(一) 保険契約年月日  昭和49年2月12日

(二) 保険名      傷害相互保険(マルマル傷害保険)

(三) 保険契約者    訴外清光

(四) 被保険者     訴外清光

(五) 死亡保険金受取人 法定相続人

(六) 保険金額     1000万円

(七) 保険料(1回分) 18万円(年一時払)

2  訴外清光は昭和59年1月30日死亡した。原告尾崎明子(以下「原告明子」という。)は同人の配偶者であり、原告尾崎智香貴、同尾崎光子(以下「原告智香貴」「原告光子」という。)は同人の子である。従つて、原告らは本件保険契約において死亡保険金受取人として指定された者である。

ところが、被告は、原告らが昭和59年5月18日相続放棄をしたことを理由に、原告らに対する死亡保険金の支払を拒否している。

3  しかし、保険金受取人を特定せず単に相続人と指定した場合、その契約における保険金の受取人は保険金請求権発生時における契約者の相続人たるべき者個人であり、その者は右保険契約の直接の効果として保険金請求権を取得するのであつて、保険金請求権が相続財産となるわけではない。従つて、原告らが相続放棄をしたことを理由に保険金の支払を拒否することはできない。

また、保険契約者が保険金の受取人を相続人と指定した意思は、保険金受取額については相続持分に応じて受取らせる意思であると解釈できるから、原告らはそれぞれ相続持分に応じて保険金請求権を取得した。

4  なお、保険金額は前記のとおり1000万円であるが、訴外清光は昭和51年分までの保険料を支払つたものの、その後の保険料を支払わなかつたから、被告が死亡保険金受取人に支払うべき保険金の総額は、保険約款によれば、850万8837円となる。

5  よつて、被告に対し、原告明子は右保険金額のうち、その相続持分である2分の1の割合による425万4418円の、原告智香貴及び同光子はそれぞれ右保険金額のうち、その相続持分である6分の1の割合による141万8139円の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、原告らが本件保険契約において死亡保険金受取人として指定された者であることは争い、その余の事実については認める。

3  同3は争う。本件保険契約のように保険金受取人の指定が法定相続人とされている場合に、保険金請求権の帰属主体及び帰属主体複数の場合の各支払額を特定するためには、民法の相続に関する条項に従うのが契約当事者の意思に合致し合理的であるところ、原告らは相続放棄をしたのであるから相続人ではなく、保険金受取人ではない。

4  同4の事実は認める。

5  同5は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  訴外清光が本件保険契約を締結し、昭和59年1月30日に死亡したこと、原告明子は同人の配偶者であり、原告智香貴、同光子は同人の子であるが、原告らは昭和59年5月18日に相続放棄をしたこと、被告が死亡保険金受取人に支払うべき保険金の総額が850万8837円となることは、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、以下原告らが本件保険契約の死亡保険金受取人と指定された「法定相続人」に該当するか否か、該当するとした場合には各人の保険金受取額はいくらになるかについて検討する。

まず、本件保険契約のように、保険金受取人として特定人を挙げることなく抽象的に指定している場合には、保険契約者の意思を合理的に推測して、被指定者を特定すべきである。

そこで検討するに、通常、保険契約者(兼被保険者)が死亡保険金受取人を「法定相続人」と指定した場合には、同人が死亡した時点、すなわち保険金請求権が発生した時点において第1順位の法定相続人である同人の配偶者及び子が生存しているときは、同人は特にその配偶者及び子に保険金請求権を帰属させることを予定していたことは容易に推認することができ、たとえ、その配偶者及び子が後に相続放棄をしたとしても、それにより配偶者及び子が保険金請求権を失い、右相続放棄により相続権を取得した第2順位の法定相続人が保険金請求権を取得するということまでは予定していないというべきである(保険契約者が死亡保険金受取人を「法定相続人」と指定した場合には、特段の事情のない限り、被保険者死亡時における、すなわち保険金請求権発生当時の法定相続人たるべき者個人を受取人として特に指定したいわゆる他人のための保険契約と解するのが相当であり、右請求権は、保険契約の効力発生と同時に右相続人の固有財産となり、被保険者(兼保険契約者)の遺産から離脱していると解すべきである。また、右の「法定相続人たるべき者」については、民法の相続に関する条項に従つて特定するのが保険契約者の意思に合致するが、いかなる場合であつても民法の条項に従つて決定するというのが保険契約者の意思であるとまではいい切れないのであつて、保険契約者の意思がそれと異なると解することが相当であると認められる場合には、必ずしも常に民法の定める「相続人」と合致する必要はない。)。

そうすると、本件では、原告らは相続放棄をしたにもかかわらず、なお死亡保険金受取人と指定された「法定相続人」に該当し、被告に対する保険金請求権を有すると解すべきである。

次に、原告らの各人の保険金受取額がいくらになるかについては、保険契約者(兼被保険者)は、死亡保険金受取人を「法定相続人」と指定したことによつて受取人が複数となる場合には、保険金請求権発生時の民法の規定する法定相続分に従つて保険金が分配されることを予定していたと推認するのが相当であるから、右保険契約者の意思に従つて、これを定めるべきである。

そして、原告明子が訴外清光の配偶者であること、原告智香貴及び同光子が訴外清光の子であることはいずれも当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば訴外清光にはさらにもう1名の子があること及び右3名の子はいずれも嫡出子であることが認められるから、保険金請求権発生時(訴外清光が死亡した昭和59年1月30日)の民法が規定する法定相続分は、原告明子が2分の1、原告智香貴及び同光子がそれぞれ6分の1である。そこで、前記当事者間に争いのない被告が死亡保険金受取人に支払うべき保険金の総額850万8837円を右各割合で分配すると、原告明子は425万4418円の、原告智香貴及び同光子はそれぞれ141万8139万(1円未満切捨て)の保険金請求権を取得したことになる。

三  以上の検討によれば、原告らの請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条を、仮執行の宣言につき同法196条1項をそれぞれ適用して、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 矢崎秀一 裁判官 氣賀澤耕一 都築政則)

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